中原街道の街道歩きは田村十字路からです。田村十字路の先は田村の辻、田村通り大山道で歩いたところです。

田村十字路のバス停
神川橋で相模川を渡ります。目の前にはたくさんの車が走る圏央道の高架橋が通っています。

相模川を渡ると圏央道の高架橋
しばらく歩くと寒川神社の一の鳥居です。寒川神社は一の鳥居から1kmほどあると言います。
JR寒川駅の手前で道を左に、細い旧街道を歩くことになります。住宅地の中に続く旧街道は墓地の傍から細い右手の道へ、途中には中原街道の案内板がありました。

中原街道の旧街道
中原街道は江戸時代の初期に整備が進み中原御殿や駿府への往来で利用されるようになりました。中原付近で生産された酢を江戸に運んだことから「お酢街道」とも呼ばれたと言います。
中原街道沿いにあるお寺や神社に立ち寄りながら車の流れも多い道を歩いて行きます。途中の宮原寒川社、用田寒川社は寒川神
社を勧請した神社です。かつての寒川神社の宮地に造られた神社と言います。

街道沿いに宮原寒川社
用田の辻は柏尾通り大山みちの街道歩きで訪れたところで。四つ角には頭に不動明王を乗せた大山道標がありました。

用田の辻の大山道標
真っ直ぐに続く中原街道はやがて県道42号線を越えます。この付近は新春日通と名付けられています。
しばらく歩くと日蓮宗の大法寺、山門の脇には石積みの大小2つのピラミッドが建っていました。「ぴらみ堂」と呼ばれピラミッド型の納骨堂と言います。

大法寺のピラミッドのような納骨堂
緩やかに坂を上ると左手は厚木飛行場、右手は大和ゆとりの森わんぱく広場です。
厚木飛行場は海上自衛隊の厚木基地と米軍の厚木海軍飛行場があるところ、対潜哨戒機のP-3CやP-1が離着陸の訓練を行っていました。低空で降下してくる飛行機をカメラに収めようと、大きなカメラを抱えた航空フアンが道端に並んでいました。

厚木飛行場
ここは旧日本海軍の飛行場、中原街道は飛行場建設のとき一部が迂回するよう付け直されたと言います。
やがて道は小田急線の踏切に、右に折れると桜ヶ丘駅です。

桜ヶ丘駅
途中、神社やお寺に立ち寄ったこともありましたが歩程は20km、思いのほか歩き応えがあった街道歩きでした。
2025年10月30日、歩行時間:5時間43分、歩行距離:20.0km

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